Sunday, August 10, 2014

今さらだけどSTAP細胞事件について

今さらだけどSTAP細胞事件について。以下の文章は笹井氏の自殺のニュース以前にかなりの部分を書いておいた物に、笹井氏の自殺を知った後に書き足した物。世間の関心が笹井氏の自殺に移っている今、タイミングがはずれているかもしれないけれど、笹井氏の自殺に焦点を置かずに振り返ることにも意義があるかもしれない。

STAP細胞事件に関してはいろいろともどかしさを感じていた。もどかしさの理由の一つは、いろいろと不透明なことが多く、真相がうやむやになったまま終わってしまうのではないかという危惧。もう一つの理由は、科学研究に携わっている人とそれ以外の間で、この事件についての見方についての温度差があること。研究者の多くはすでにSTAP細胞と呼ばれる物ができた証拠は根底から崩れていると結論づけていて、どのような不正が行われたのか、そしてそのような不正が起きた理研や早稲田大学を含む科学界の制度や運営上の問題点に関心が移っていた。海外にいて笹井氏の死後の日本での反応はよくわからないけれど、それ以前は世間的には、もしもこの研究結果に何らかの真実があり、それが大きな成果であるのならば、その事の方が重要だと考える人がいるようだった。その観点からすれば、一番の問題はSTAP細胞があるのかないのかであり、不正が起きたかどうかは些末な問題だということになる。僕らのような研究者にしてみればデータに信頼性がなければSTAP細胞の発見は最初からなかったことになるので、話が噛み合ない。

論文として発表された結果がまるっきり嘘だとは信じがたいという感覚も分からなくはない。仮にも研究者として身を立てようとする人間がでまかせを発表するとは考えにくいし、ばれるような捏造することによるリスクは大きいように思える。小保方氏の場合、会見の写真や動画を見ている人も多く、顔の見えない抽象的な存在ではないので、なおさら彼女が嘘をつくことが想像しにくいかもしれない。でも印象ではなく、事実を元に話をしなければいけない。(彼女を批判する人の中にも、彼女が科学者らしく見えないと言うことを理由に彼女を信用しない人もいるけれど、それもよくない。海外では刺青を入れたり、奇抜な色に髪を染めた科学者もいるけれど、外見から科学者としての能力を判断はできない。)昔から研究で不正を働く人は少数ながらいた。一見信用できそうな人が詐欺を働くこともある。先入観で判断はできない。

STAP細胞の研究の不正の全容は明らかになっていないとは言え、データの細工や流用の証拠ははっきりしていて、公開されたデータの解析から細胞の由来の矛盾点も出ている。これらは小さな問題ではなく論文に発表された成果の本質にかかわる問題だ。さらに、主要な問題ではないにせよ、文章の剽窃や利益相反の隠蔽といった倫理上の問題もある。こうした問題はネイチャーの論文に始まったことではなく、小保方氏が以前発表した論文や博士論文、特許出願書類にも一貫として問題が見つかっている。彼女は、「間違えた」「悪いことだとは知らなかった」などと言い訳しているけれど、それが本当だとしてもデータの管理が杜撰で、倫理観も欠けている研究者という事になる。百歩譲って、彼女が意図的な不正をしていなかったとしても、やることなすこと間違いだらけの人の成果を信用できるだろうか。幹細胞の研究では高い技術を持つMITのイェーニッシュ教授やハーバードのデイリー教授の研究室を含めた他の研究者がSTAP細胞を再現できていないし、論文も撤回されたので、現時点ではSTAP細胞を信じる理由はない。だから、するべきことは再現実験ではなく、不正がどう行なわれたかを調査し、処罰するべき人は処罰し、今後の不正の防止や対応に役立てる事のはずだ。笹井氏が自殺したいまでも、それは変わらない。

STAP細胞の論文に対する批判が異様だと思う人もいたようだ。でも論文の妥当性を吟味し、批判すべき事は徹底的に批判するというのは科学者の仕事の内だ。論文は数人の査読者と編集者が認めれば掲載されてしまうので、正しいとは限らない。ネイチャーに発表されたからと言ってその論文の妥当性は保証されない。ある意味では本当の勝負は論文が出版された後になる。多くの専門家が読んだ結果、問題が明らかになる場合もあるし、再現性がなくて、論文の価値が失われることもある。科学の研究というのは簡単ではないので、まじめにやっても間違いが起きる事もあるし、研究者の質もピンからキリなので、信頼度の低い研究も発表されることがある。数年前、NASAの研究グループがリンの代わりにヒ素をDNAに取り入れる細菌を発見したと記者会見を開いて大々的に報告し、論文はネイチャーと並んで権威があるサイエンス誌に掲載された。あるいは(論文にはならなかったけれど)日本の研究機関を含む国際チームがニュートリノの速度を測定したら光速よりも速かったと報告した事もニュースになった。いずれも今では間違いだったと結論づけられている。信頼できない研究成果が淘汰されて行くのは科学の自然なプロセスだ。

駄目な論文はいずれ淘汰されるとはいえ、再現性のない論文が出るのは好ましい事ではない。困った事に、医学、生物学関係や、心理学関係では再現性のない論文が多い事が問題になっている。これらの分野ではある程度仕方のない側面もある。例えば物理なら、研究対象は比較的単純かつ均一で、現象の測定もしやすい。でも対象が細胞だったり、動物や人間の個体だったりすると、均一ではないし複雑だ。結果にばらつきが出やすいし、意図しない微妙な原因で結果が違ってくることもある。偶然が重なって出た結果を間違って解釈してしまう事も起こり得る。本来ならば、発表する前に慎重に研究を重ねて、信頼できる論文に仕上げるべきだ。でもそれには手間や時間や費用がかかるし、その結果華々しい結果を発表できなくなることもある。再現性がない論文でも撤回されなければ業績として数えられがちなので、そんな論文が横行してしまう。信頼性の低い論文を出しても得こそすれ損をしないような環境では、捏造も起こりやすくなる。実際にこれらの分野での研究不正は目につく。Retraction Watchというブログを読んでいると、そういうケースが頻繁に出ている事が分かる。元東京大学分子細胞生物学研究所の加藤茂明氏の研究室のスキャンダルもその一例だ。(個人的には、問題のある論文が50以上に昇る事、長年発覚しなかった事、捏造が組織的に行なわれたらしい事などを考えるとかなり悪質な例で、STAP細胞よりも問題は大きいと思う。)こういう状況に研究者は危機感を持つべきだ。STAP細胞の問題で小保方氏や理研に対する批判が強いのもそいう危機感の現れかと思う。

この問題に噛み付く頭の固い研究者に常識を覆す研究ができるのかという疑問も目にした。でも常識を覆す発見というのはデータとか論理を突き詰めて行った結果として確立される。だから常識を破るような研究こそデータに信頼性がないといけない。むしろ、きちんとしたトレーニングができていない研究者の方が自分のバイアスの危険性に無自覚なことが多く、小保方氏もそうだった可能性がある。捏造をする人も、まるっきりの嘘をでっち上げるのはあまり意味が無いので、きっとこうなるはず、こうなって欲しいという思っていることを捏造することが多いのだと思う。STAP細胞にしても、バカンティ氏のアイデアに感化された彼女が、死んだ細胞の自己蛍光をOct4-GFPレポーター発現の蛍光だと勘違いしことが発端ではないかと推測している人は多い。そして、きちんとしたコントロール実験をしないまま、それを前提に残りのデータを捏造して行ったという辺りが真相ではないだろうか。

こういう問題においては、実際の研究(および不正)を主に遂行した人の他に、それを指導する立場にいる人の責任も問われる。指導する側にしてみれば、いい結果が出れば嬉しい。そういう結果をどんどん出す人は手間もかからないし、つい贔屓にしたくもなる。でも素晴らしい結果であるほど、間違っていた場合の危険は大きい。だから慎重にならなければいけないし、それなりの労力を払って結果のチェックをすることは職務上の責任であるばかりでなく、自分を守る事にもなる。STAP細胞の場合、若山氏にしても笹井氏にしても、小保方氏は直属の部下ではないので目が届きにくいという事情があったのには同情する。でも若山氏は少なくとも問題が発覚してからは速やかに行動したのに対して、笹井氏はそうしなかったのが両者の明暗を分けてしまった。笹井氏の自殺は悲劇であるけれど、笹井氏に責任があることは認めておかなければいけない。

とは言え、STAP細胞事件は研究不正としてすごく大規模な事件ではなかった。主犯はおそらく一人だし、たかだか二つの論文に過ぎない。不正を最初からなくせればいいのだけれど、完全になくなることはないだろうから、不正の疑いが出た時にきちんと調査して、処罰するべき人を処罰すればいい。でも理研にはそういう体制ができていなかったようだ。早く処分をしようという意思も見える一方で、十分な調査は行われず、科学的事実以外の事情が考慮されているように見えた。笹井氏を庇おうとしているようにも見えたけれど、結果的には笹井氏を追いつめる事にもなったのではないだろうか。笹井氏は3月の段階でCDBの副所長を辞めたがっていたそうなので、その時に辞めさせてあげたらよかっただろうに。過ちを認め、物事をオープンにすることで面子がつぶれることもあるけれど、早い段階でそうすることでダメージを少なくする事もできる。理研という組織も、笹井氏個人も、それができないで傷口を大きくしてしまった。

言いたい事をまとめると:
(1)STAP細胞なる物ができた証拠はないし、それどころか捏造の証拠ははっきりしているので、STAP細胞があるのかないのかは問題ではないことを研究者でない人にも理解して欲しい。
(2)でも、こういう研究不正が起きるのは、生命科学において再現性のない論文が蔓延し、倫理的な問題が多発している事が背景にあることに、研究者としては危機感を持つべき。(これは日本に限ったことではない。)
(3)STAP細胞事件は、普通の研究不正として適切な処理、処罰を下していれば、それほど大きな問題にはなるはずの物ではなかった。でも理研は事を大きくしないようにして、結果的にはかえって問題を大きくしてしまったようだ。(組織が危機対応の準備ができてないこと、やり方が不透明なこと、判断の遅れや誤りが傷口を広げる事は日本的な問題かもしれない。)

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